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名古屋地方裁判所岡崎支部 平成8年(わ)364号 判決 1997年11月17日

主文

被告人を懲役四年六月に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  平成八年六月六日午後一一時ころ、愛知県額田郡《番地略》A方に電話をかけて、応答したB子(当時二一歳)に対し、「ある人にあんたをまわすように頼まれた。まわすというのは、あなたの中にいろんな人の精子を入れることだ。」等と述べ、同女が、名古屋の人から頼まれたのかと聞いたことに対し、「名古屋の人とあなたがどういうことがあったか、自分には関係ないけれど、そういうことも避けられたんでしょう。まわすように頼まれたのだからしょうがない。どういうことがあったの。」と述べて、当時、同女がCと名乗る男から脅迫電話を受けていた事情を聞き出し、さらに「あなたとその人がどういうことがあったか関係ない。頼まれたんだから手配する。でもあなたは運がいい。僕にこの仕事が回ってきたのは運がいい。僕ならあなたをまわさずにできる。」「僕もこういう仕事をやっているので、あなたをまわさずにすませると立場がなくなる。」「突然いろんな人に襲われるよりも僕一人ならいいだろう。外で出すから。」「あなたにこの機会を与えてあげたんだから、突然まわされたくないだろう。」「出てこないと、まわしちゃうよ。」などと申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同月七日午前〇時二〇分ころ、同女を同町大字《番地略》付近路上に呼び出し、被告人の運転する軽四輪貨物自動車に同乗させ、そのころ、同町大字《番地略》先路上に駐車中の前記車内において、同女を強いて姦淫し

第二  同月八日午前一時ころ、愛知県蒲郡市《番地略》メゾン甲野一〇一号D方に電話をかけ、応答したE子(当時二八歳)に対し、同女の交際相手を装い、「俺だけど。とんでもないことをしちゃった。女の子を暴行しちゃった。今、その彼氏に捕まっている。Fという人から電話があるから、その人の相手をしてくれ。お前が相手してくれれば警察に訴えないといっている。頼む。」等と申し向け、さらに再度、Fと名乗って前記D子方に電話し、応答した同女が、交際相手が暴行をしたかどうかを確認したことに対し、「それだったら、警察に訴えるぞ。」「これでおさめてやろうと思っているのに、まだそんなことを言っているのか。」などと語気鋭く申し向けて脅迫して、その反抗を抑圧した上、同日午前二時ころ、同女を同県幡豆郡《番地略》株式会社丁原マリーナ東海付近路上に呼び出し、被告人の運転する軽四輪貨物自動車に同乗させ、そのころ、同町《番地略》空地に駐車中の前記車内において、同女を強いて姦淫した

ものである。

(証拠の標目)《略》

(補足説明)

一  B子に対する事実関係

1  被告人は、公判廷において、B子に対し、

「こういう仕事を専門にやっている。僕のとこに仕事が回ってきたのはあんた運がいい。僕ならあんたをまわさなくても済むよ。いろんな人のを入れられるよりも、僕は中で出さないから一人の方がいいだろう。まわさないと立場がなくなる。だから僕も気持ちいいことしなくては割に合わない。突然襲われて、何人もの人にまわされたくないでしょう。」等とは言っていない旨供述し、また、同女を脅迫してはおらず、合意の上で性交したものである旨述べて、強姦を否認し、また、弁護人も、証人B子の証言は、後記の理由で信用性がないので、脅迫行為を認めることはできず、仮に脅迫行為があったとしても、それは著しく抗拒を困難にする程度のものとは言えないし、被告人には脅迫の故意がなく、さらに、被告人の架電行為を脅迫行為としても、姦淫の結果との間には、相当因果関係がない等として、強姦罪は成立しないと主張するので、以下、補足して説明する。

2  証人B子は公判廷において、要旨、次のように供述する。

平成八年六月六日午後一一時ころ、電話がかかってきたので、自分の部屋で出た。電話の男は「女、何人いる、あんた、幾つ。」と年齢を尋ねたので「二一。」と答えると、相手の男は、「じゃ、あんただ、ある人にあんたをまわすように頼まれた。」「まわすというのはあなたの中にいろんな人の精子を入れることだ。」と言った。五月の中旬ころ、乙山エレガンスという会社に勤めているというCという男から、名古屋の丙川でファッション関係の展示があるからきて欲しいという電話があり、断ったところ、殺してやる等と脅され、その後も、二、三回、Cと思われる人物から自宅に電話があったので、Cがまわすように依頼したのではないかと思った。そこで、「誰に頼まれたんですか。名古屋の人ですか」と尋ねると「それは言えない。依頼人の秘密は守る。」と答えたので、「あなたも名古屋の人ですか。」と聞くと、「そうだ。」というので、さらに「名古屋の誰に頼まれたんですか。」と聞くと、「その名古屋の人とあなたがどういうことがあったか自分には関係ないけれど、そういうことも避けられたんでしょう。まわすように頼まれたのだからしょうがない。どういうことがあったの。」と言ったので、電話の相手の男の話は本当で、まわすように頼んだのはCであると思い、この男に事情を話せば回さないようにしてくれるかもしれないと考え、事情を説明したが、相手の男は、「あなたとその人がどういうことがあったか関係ない。頼まれたんだから手配する。でもあなたは運がいい。僕にこの仕事が回ってきたのは運がいい。僕ならあなたをまわさずにできる。」と言ったので、「どうすればいいんですか」と聞いたところ、相手は、「僕もこういう仕事をやっているので、あなたをまわさずにすませると立場がなくなる。」「突然いろんな人に襲われるよりも僕一人ならいいだろう。外で出すから。」と言った。お金の要求ではなく、自分と性交すればよいと言ったので、これは自分を呼び出す口実で、結局、多くの人に襲われて輪姦されるのではないかと思い、「絶対一人ですか。」と確認したら、相手の男は腹を立てたらしく「じゃ、いい。手配するから。」と電話を切りそうになったので、あわてて引き止めると、相手は、「あなたも突然まわされたくないだろう。」と念を押してきた。電話の男は、言い回しなどがすごく慣れている感じがしたので、専門的にそういう仕事をしている人で、こうなっては両親に相談しても避けられないと思い、両親に心配をかけたり、巻き込みたくなかったので、相談できなかった。また、相手が性交することを要求してきたので、お金には関心がないと思い、お金を払うことは提案しなかった。そこで、「いつですか。」と答えると「今から。」と言われたので「両親と住んでいるし、今すぐには出ていけない。」と答えると、相手は「あなたにこの機会を与えてあげたんだから、突然まわされたくないだろう。」「出てこないとまわしちゃうよ」と言った。そして、待ち合わせの時間、場所を指示された。男は、電話を切る直前にも「突然襲われたくないでしょう。」と念を押した。警察に届けようとも考えたが、以前、ポケットベルに毎晩「殺してやる」と伝言が入ったときに、母が警察に相談したが、余り親身に聞いてもらえず、また、待ち合わせの時間が迫っていて、もし時間に遅れたりすると、結局、突然襲われてまわされるのではないかと思ったので、連絡しなかった。そこで、指示された場所に行ったところ、軽四トラックがライトを消しながら横に止まり、中の男が「あんた、電話の人。」と聞いて、車に乗るように指示したので、怖かったが、一人で来ていたので、事情を話せばわかってくれるかもしれないと思って乗車した。男は、「横になって」と言い、膝に頭を乗せるよう指示したので、そのようにすると、肌が触れ、男がズボンをはいていないことがわかり、自分と性交するのが目的でここに来ているのだ、もはや説明してもだめだと諦めた。男は、「あなたも突然まわされたくはないでしょう。かわいそうだね。」と言った。そこで、男の指示のとおり、下着を脱ぎ、口淫させられた後、姦淫された。

3  これに対し、被告人は、公判廷において、電話をかけて、応答に出た女性に年齢を聞いた後、「あんたのことをみんなに回せるように頼まれたが、何でそんなことを言われるの。」と言ったら、相手が「誰がそんなことを言ったのか。名古屋の人でないか。」と聞いたので、「それは言えない。僕には関係ないから。」と述べ、「もしセックスするのだったら大勢の人とやるのと一人の人とやるのと、どっちがええ。」と聞いたところ、相手が「一人の人がいい。」といったので、ノリがよいと感じて、この電話の相手と性交しようと考え、「だったら僕は一人だから、僕とやろう」と誘ったところ、相手が承諾したので、時間と場所を決めて待ち合わせ、合意の上で性交したと供述する。

4  そこで、右各供述の信用性が問題になる。この点、弁護人は、右B子の公判供述について、<1>告訴状では「出てこいといわれた」と記載されているのに、公判廷では「出てこい」といわれたことはないと述べている点、また、<2>告訴状ではCなる人物と被告人とは無関係であるが、公判廷では、関係があるかのように述べている点、不自然で一貫性がないと主張する。

右<1>の点について、告訴状の記載は、弁護人が指摘するとおりである。しかし、公判廷においても、B子は「今から出てこい」と命令口調では言われなかったが、そういう内容に近い感じで、「今から。」と言われた旨述べており、内容は概ね一致しており、右は些細な食い違いにすぎないといえる。また、<2>の点については、告訴状では「電話の男に話をしたところ、展示会とは無関係とわかったが・・」と記載されており、B子は、公判廷において男は、「あなたとその人(C)がどういうことがあったかは、自分には関係ない。」と言った旨供述しているのであるから、結局、電話の男と展示会云々が関係ないという点では、内容は全く同じであり、右は表現上の違いということができる。B子の公判供述は、告訴状の記載内容と矛盾しておらず、一貫していると認められる。

また、弁護人は丙川内にCが勤務しているという乙山エレガンスという会社は存在しないことからも、B子の供述は正確性を欠くと主張する。この点、弁護士照会回答書(弁二)によれば、乙山エレガンスという会社が名古屋の丙川に出店したり、展示会を開催した事実がないことが認められるが、CのB子に対する言辞がそもそも真実かどうかは不明である。よって、右事実から、同女が虚偽を供述していると直ちに言うことはできない。かえって、同女の母であるG子は、捜査官に対し、B子に対し、「殺してやる。」という脅迫電話があったと述べており(甲一七)、B子の前記供述に合致する供述をしている。

よって、B子の公判供述については、弁護人が指摘するような矛盾点、疑問点はないと認められ、かえって、それは、詳細で具体的であるとともに、当時の同女の心理状態や行動の説明として、自然であり、ことさら存在しない事実を付け加えて供述したり、被告人を陥れようとする意図も認められず、合理性もあると認められる。また、B子の公判廷における供述態度も真摯である。

以上を総合すると、B子の当公判廷における供述は信用できる。

5  これに対し、被告人の公判廷供述によれば、B子が、深夜、就寝していたところ、突然、かかってきた被告人からの電話を受けて、前記のような会話をしただけで、なぜ、見ず知らずの被告人と性交することを承諾して、わざわざ出かけていったのか、不可解で、この点、合理的な説明がされているとは到底いえない。また、被告人は、公判廷において、なぜ、電話の最初にB子に対し、「まわすように依頼された」等と言ったのかについて、その理由を明確に述べず、「まわすというのは、輪姦するという意味ではなく、遊びで回すということで、遊ぶというのは、みんなでセックスをやろうということである。」等と意味不明の供述をしている。

さらに、被告人は、捜査段階において、検察官に対し、B子に電話をしたのと同じ手口で相手の女を騙したのも、五~一〇回くらいあるので、細かなやりとりは覚えていない旨述べながらも、大まかに言えば、最初は、「俺、俺」と相手の身内の男と思いこませようとしたと思うが、そのような誤解をしてくれなかったので、方針を変え、「大勢の人に輪姦する(まわす)ように頼まれた。大勢にされると、大勢の人の精液が入る。そういうのはいやだろう。大勢の人にされないようにしてやるから、その代わりに、俺なら中に出さないから、どうだ。」というようなことを言い、相手が迷っているときは、「ややこしいこと言ってるんなら、もういいわ。」というようなことを言って、電話を切るようなそぶりをした、その他にもいろいろと言っていると思うが同じようなことをたくさんしているので、細かいことまでは覚えていない旨供述している(検乙五)。ところが、公判廷においては、前記のように、B子との会話について、比較的、細かい部分までやりとりの内容を供述する一方で、細かいことは覚えていないとも、供述しており、その供述には、全体として一貫性がない。この点、被告人は、電話のやりとりについては、後から思い出したものもあるが、いつころ、何をきっかけに思い出したのかはわからない等と述べ、また、最初から覚えていたが、捜査段階では言わなかったものもあり、これは、取調担当刑事と波長が合わず、喧嘩のようになったので、言いたくないことは言わなかったからである等と述べる。しかし、他方では、取調担当刑事から脅され、言ったとおりに調書を作成してもらえなかった等とも述べており、結局、供述が変遷したことについて合理的な説明をしていない。

以上によれば、被告人の公判廷の供述は、それ自体、不自然かつ不合理で、一貫性に欠け、到底、信用することはできない。

6  以上を総合すると、被告人が、B子に対し、判示記載のような脅迫を行ったことは明白である。

7  次に、弁護人は、<1>B子はCの言葉に真剣に恐怖を感じていなかったと考えられるので、被告人が第三者によってなされた被害者に畏怖状態を利用したといえず、また、<2>被告人の電話の会話は普通の口調のものであって、まわすというのは暴力的な犯行を強く示唆するものではなく、<3>被害者が警察に連絡したり、家族に相談したりせずに出掛けており、また、<4>待ち合わせの場所に行った際に、大きい車で来るだろうと想像しながら待っていたと供述していること等から、脅迫があったとしても、反抗を著しく困難にする程度の脅迫とはいえない等と主張するので、検討する。

まず、<1>の点について、前記B子の供述によれば、B子がCに脅迫されていたこと、被告人が、そのことを巧みに聞き出し、Cの依頼で同女を輪姦する仕事を請負った旨、誤信させたことは明白であり、これはまさにB子の畏怖状態を利用してさらに脅迫したものといえる。また、<2>について、確かに、B子は、被告人の電話の口調が普通の口調であったと供述しているが、同女は、その話し方が非常に手慣れていたので、そういう仕事を専門にやっている人であると感じたと述べているのであるから、命令口調でなかったということから、直ちに畏怖させるに足りる脅迫でなかったとはいえない。また、同女は、まわすというのが、多くの人の精子を体の中に入れること、すなわち輪姦するという意味であることについて説明を受けた旨、明確に述べている。また、<3>についても、B子は、警察に連絡しても親身になってくれないのではないかと思い、家族には心配をかけたくないし、警察に相談したりして指定の時間に遅れると、結局、後で、突然襲われて、輪姦されるのでないかと思ったので、相談できなかったと述べており、右は、同女の当時の心境、行動の説明として、十分、合理的で納得しうるものである。そうであれば、同女は、むしろ、家族や警察に相談することもできないほど、事態を切迫したものと感じて畏怖していたということができ、よって、警察等に相談しなかったからといって、畏怖していなかったとは、到底いえない。さらに、同女は、確かに<4>のような供述をしているが、そうであるからといって、直ちに、当時、同女が冷静であって畏怖していなかったということはできない。

結局、被告人は、B子に対し、深夜一一時ころ、突然、電話をかけて、当時、Cなる男から脅迫電話を何回か受けていた同女に対し、同人からの依頼で、輪姦する仕事を請け負ったと誤信させるように巧みに話を進め、「出てこないと、まわす。突然襲われてまわされたくないでしょう。」等と執拗に脅迫し、突然襲われて輪姦されるのを避けるためには、その要求をのむほかないと、同女を心理的に追いつめたものであるから、これは、当時の具体的状況の下、社会通念からみて、被害者の抗拒を著しく困難にする程度の害悪の告知であることは明らかである。

7  なお、弁護人は、脅迫があるとしても、本件では電話による脅迫であってこれを強姦罪の脅迫とすると、被害者が自宅を出る前に実行の着手を認めることになって不都合である旨主張するが、同罪の脅迫の方法は、被害者の面前での害悪の告知に限られるものではなく、右は独自の見解であって採用できない。

さらに、弁護人は、脅迫があっても、警察に届け出るのが普通であるから、相当因果関係がないと主張するが、必ずしも、警察に届け出るのが通常とはいえず、B子のように要求に応じて出掛けることも、通常十分ありうると考えられるから、相当因果関係があることも明白である。

また、弁護人は、被告人は、B子が同意をしたので、自ら家を出てきたのであり、真に畏怖していたら、被告人に会いに出てくるはずはなく、警察に届け出ることもありうるが、被告人が警察を警戒していた気配はなく、B子の性交に対する同意の存在を感じていたのであって、脅迫行為との認識認容はなく、強姦罪の故意に欠けると主張する。しかしながら、前記のとおり、被告人の供述は、信用できず、他方、信用性が高いと認められるB子の供述によれば、被告人が、当時、自己の脅迫行為によって、畏怖したB子が、被告人との性交にやむなく応じたということは、当然、認識、認容していたものと認められるから、強姦の故意がなかったということはできない。

8  以上を総合すると、B子に対する関係で、前記罪となるべき事実記載のとおりの事実を認定することができる。

二  E子に対する関係

1  被告人は、公判廷において、E子に対し、同女の交際相手を装って、電話をかけ、「俺だけど、とんでもないことをしちゃった。」「Fという人から電話があるから、その人の相手をしてくれ。」等と言ったこと、その後、Fを装って電話をし、判示記載の日時場所で同女と性交したことは認めるが、「おまえが相手をしてくれれば、警察に訴えないと言っている。」とか、Fを装った電話の際、同女が交際相手が暴行したかどうか確認したことに対して「それだったら警察に訴えるぞ。」等とは言ったことはない旨述べ、同女を脅迫しておらず、合意の上で性交した旨述べて、強姦を否認し、また、弁護人も証人E子の証言は、後記の理由で信用性がなく、脅迫行為はない等として、強姦罪は成立しないと主張するので、以下、補足して説明する。

2  証人E子は、当公判廷において、要旨、次のとおり、供述する。

平成八年六月八日午前一時ころ、就寝していたところ、電話がかかってきたので出ると、相手は「おれだけど。」と言った。声が交際相手に似ていたことと、このような時間にかけてくるのは交際相手だけであったので「おし(あなた)?」と確認したら、相手は「そうだ。」と肯定し、「とんでもないことをしちゃった。女の子を暴行しちゃった。今、その彼氏に捕まっている。Fという人から電話がかかるから、その人の相手をしてやってくれ。」と言った。交際相手が女性を強姦し、その彼氏のFという人に監禁されており、同人のセックスの相手をしてくれという意味だと思ったが、交際相手が強姦するということは信じられない気持ちだったので、「何を言っているのか分かっている?」と尋ねた。すると相手は、「分かっている。その彼氏と話し合った結果、相手をすれば警察には訴えないから、頼む。」と言った。そこで、「私、どんな身体か知っている?妊娠三ケ月だよ。」と言ったが、相手は「分かっている。大丈夫だから頼む。」と答えたので、情けなくなり、被害にあった女の子は大丈夫か、お金で解決できないのか尋ねたが、「それではだめだ。相手をしなければ承知しない。相手をしなければ警察に訴える。」と言った。そして、女の子に誘われたのでないのか等、再度、本当に交際相手が強姦したのか確認したが、相手は肯定したので、自分が妊娠三ケ月で相手との性交を控えていたので、欲求不満になったのかなと思い、本当のことかなと思った。電話の男は、声の感じや話し方、三河弁の言葉の言い方等が、交際相手にとても似ていたので、交際相手であると思っていた。また、電話の声が小さく、沈んだ口調であったので、冗談を言っているとは思えなかった。そして、Fという人の考えていることは普通でないと思ったので「相手は、本当に私が相手をすれば警察に訴えないの。やくざみたいな人じゃないの。」と聞いたら、相手は「普通のサラリーマンだから大丈夫だ。Fという二七歳の人から電話があるから、相手をしてやってくれ。今そちらへ向かっている。」と答えた。「おし、今どこにいるの。」と聞いても「居場所は言えない。」と言うので、見張りがついていて場所など余計なことは言えないのだろうと感じた。そして、相手は「後で連絡するから」といって電話を切った。そのような話は信じたくなく、自分で直接話をして他のことで解決できないか、Fという男とセックスをするのは絶対に嫌だと思ったが、相手をしなければ彼が訴えられて犯罪者になってしまうし、彼が犯罪者になれば、おなかの子供は犯罪者の子供になってしまう、ほんとうにどうしようと思った。すると、男から電話があり、「Fだけど、話を聞いた?」と言ってきたので、「本当にあの人がそんなことをしたんですか。」と確認したところ、そのFと名乗る男は、怒ったような感じで、「それだったら警察に訴えるぞ。」「これでおさめてやろうと思っているのに、まだそんなことを言っているのか。」と脅すような感じで言ってきたので、本当にあの人がそんなことをしたんだなあ、本当に私が相手をするしかないのかなと思い、自分が相手をしなければ、彼は犯罪者になってしまうし、そうしたらおなかの子は犯罪者の子になってしまう。そうしたら私たちの将来はめちゃくちゃになると思って諦めて「分かりました。」と答えた。「相手をすれば警察には訴えないんですね。」と確認したら、相手は「訴えない。」と言った。そして、男は「日産マリーナの駐車場の反対側の道を歩いていてくれ。」「パンティーを脱いでくるように。」と指示した。そこで、Fに指示されたとおり、日産マリーナの駐車場に自動車で向かい、そこで下着を脱ぎ、その反対側の歩道を歩いていたところ、軽四トラックに乗った男が後ろから来て「Fだけど。乗って。」と言ったので乗車し、「下を向いとって」と言われ、頭か肩を押されて男の腿につくくらい倒されたまま、一、二分間走行し、空地に停車した。犯人が「ちゃっと済まそう。」「スカートあげて。」と言ったので、そのとおりにした。犯人が服を脱いでいる姿は見ておらず、気づいたときはズボンもパンツもはいていなかった。最初から、はいていなかったと思い、この人は本当にやる気できたんだと思った。犯人にこれ以上言ってもだめだ、怒らせてしまうかなと思ったので、やめてくださいとは言わず、指示どおりにするしかないと思った。その後、トラックの荷台に移るようにいわれ、そこで姦淫された。当時、自分は妊娠三か月であって、流産の危険性が高い時期であった。

3  これに対して、被告人は、要旨、次のとおり供述する。

電話に出た女性の交際相手を装って「俺、他の女とやっちゃったんだけど。」と言うと、相手が「何で。」と聞いたので「やりたかったから。」と答えた。相手は「やりたかったら、言ってくれや、よかったじゃないか。誰もいないんやったら迎えにに行こうか。」と言った。自分が「俺ちょっと頼みたいことがあるんだけれど。」と言うと、相手は「どんなことでも聞いてあげる。」と言ったので、ノリがよいと感じて、この相手と性交しようと思った。自分が「やった女の男にばれちゃった。悪いけど、その男の相手してやってくれ。いうことを聞いてくれ。」と頼むと、相手は「私が他の男とやっても、あんたそれでいいの。」と言ったので、「いい。」と答え、「連絡が行くから、後のことはその男と決めてやってくれ。」と言って、電話を切った。この電話の間、「警察に訴えない。」等と言ったことはない。その後、二回目の電話をかけると、相手は、電話を待ってくれていたようで、「何処まで行けばいいですか。分かるところだったら、どこでも出ていくけど、家の近くだけは嫌だから。」等と言ったので、「マリーナは分かるか。」と聞いたら「分かる。」と言うので、「マリーナの駐車場の付近にしよう、せっかくだからやる気でやろう。」等と述べたら、相手は「私できるかなあ。」と言い、性交することについて合意ができた。

4  そこで、右各公判供述の信用性を検討するに、弁護人は、<1>E子は、被告人が警察に訴えるぞと言ったとして脅迫されたことを強調しようとしているが、被害者は家族にわからないように家を出ていく精神的余裕があったし、脅迫されていれば当然警察に保護を求めるはずであり、脅迫されたというのは、その後の被害者の行為に照らせば、事実と異なる、<2>被害者の供述と被告人との供述が異なるのは、本件が公になったことを受けて微妙な女性としての心理が働いているものと推察され、被告人側が虚偽の事実を述べているのではない、本件は被害者が警察からの要請を受けて告訴したことも被害者の供述内容に影響を及ぼしている等と主張する。

まず、<1>の点について、E子は、前記のとおり、声や、話し方が似ているので最初の電話の相手が交際相手であると信じており、同人から、Fという男の彼女を強姦してしまい捕まっている、Fの性交の相手をしてくれれば、警察に訴えないといっているから、その相手をしてくれ等と聞かされて、その旨誤信していたことろ、Fと名乗る男が、電話をかけてきて、同女が性交の相手をしなければ警察に訴えると脅した、当時、自分は、その交際相手の子供を身篭もっており、子供を犯罪者の子供にはしたくないと思っていたと供述している。右誤信並びに脅迫の内容からすれば、同女が、Fから脅迫されたと警察に申告すれば、結局、交際相手の犯行が警察にわかってしまい、そうなれば、子供は犯罪者の子供になってしまうので、そういうことはできないと、当時、同女が考えたとしても、何ら不自然ではない。そうすると、同女にとっては、警察に保護を求めることは事実上、困難であり、何とか自分で解決する他なかったということができる。また、同女は、当時、母親に対しても、交際相手やその子供を身篭もっていることを秘していたので、相談することができなかったと供述しているので、同女が、同居の母親にも気づかれないように行動せざるを得なかったというのも、自然である。そうすると、同女の前記供述内容は、脅迫を受けた後の行動の選択としても、自然で合理性があるといえる。そうすると、弁護人が主張するように同女のその後の行動からみれば、脅迫はなかったと考えるべきであるということはできない。

そして、<2>の点に関し、確かに、E子の供述によれば、同女は、警察官に告訴して欲しいと頼まれたので告訴したことが認められる。しかしながら、E子は、「犯人を許せないという気持をずっと持っていたが、犯人の顔や車のナンバーをはっきり見ておらず、また何の証拠もなかったので、訴えても無駄だと考えていたが、警察から連絡が入り、証拠のメモがあると聞かされ、できれば告訴して欲しいと言われ、犯人を絶対に許せなかったことと、このまま放っておいたら自分のような被害に遭う人がまた出ると思ったことから、告訴することにした。」旨供述しており、右供述は、告訴に至った経緯の説明として、自然で、合理性があり、信用できる。これによれば、E子が、自分を強姦した犯人として被告人を処罰して欲しいという意思で告訴をしたことは明らかであり、同女が、被告人を無実の罪に陥れるために告訴したとの事情は存しないことが認められる。また、同女が、わざわざ公判廷において虚偽の事実を述べるというような事情も存しないと認められる。以上によれば、弁護人が指摘するような不合理な点はなく、かえって、E子の公判廷供述は、詳細で具体的であり、当時の同女の心理状態や行動の説明として、自然で、合理性もあると認められる。また、その公判廷における供述態度は真摯である。

以上を総合すると、E子の公判廷における供述は信用できる。

5  これに対し、被告人の公判廷供述については、E子が、突然、かかってきた被告人の電話を受けて、被告人供述のような会話をしただけで、何故、全く見ず知らずのFなる男と性交することを承諾したのかという点、不可解であり、特に、同女が当時、妊娠三か月で流産の危険性も認識していたのに、何故わざわざ出かけたのかという点について、合理的な説明がされているとは到底いえない。また、被告人は、最初の電話において、何故、交際相手を装って、女の子をやっちゃった等と述べる必要があったのかについても、その理由を明確にしていない。そうすると、被告人の公判供述は、その内容自体、不自然、不合理であり、信用できない。

6  以上を総合すれば、被告人がE子に対し、判示記載のような脅迫を行ったことは明白である。

7  次に、弁護人は、<1>E子の交際相手は同女と不貞関係にあり、胎児の出産について意見の対立があって、結婚する予定になかったから、E子が被告人の行為を警察に申告しても同女に不利益はなく、警察や家族に相談できたはずであるから、同女が精神的に抗拒する気力を失っている状況であったとは言えない、<2>同女は、トラックに乗り込む際には既に下着を脱いでおり、被告人にスカートをあげてと言われても何ら拒絶したり、躊躇する態度を示すことなく、スカートをまくり上げたこと等を考えれば、被告人の行為をテレフォンクラブ遊び類似のものと捉えて、性的好奇心ゆえに、被告人の行為に暗黙の承諾を与えていたという疑問がある等として、反抗を著しく困難にする程度の脅迫ではない等と主張するので、検討する。

しかしながら、<1>について、前記のとおり、その脅迫の内容からして、同女が警察等に相談することは事実上困難であったというほかなく、この点、同女と交際相手が不貞関係にあり、結婚の予定がなかったからといって変わるものではない。また、E子は、前記のとおり、脅迫により、もはやFの言うとおりにするしかないと考えていたので、その指示に全く逆らわずに、下着を脱ぎ、スカートをまくり上げる等したと供述しており、むしろ、同女が犯人に抵抗する気力さえ全く失っていたということが認められる。さらに、同女が性的に軽佻浮薄であるとか、電話の男に性的好奇心を持っていたとの事情は全く存在しないことが認められ、したがって、同女が被告人の行為をテレフォンクラブ遊びに類したものと捉えて、その要求に応じた等ということはできない。

結局、被告人は、E子に対し、深夜午前一時ころ、突然、電話をかけ、その交際相手を装って、同人が強姦したこと、同人が警察に訴えられないようにするため、Fという男の言うことを聞いてその性交の相手をして欲しいと申し向けて、その旨、誤信させた後、Fを装って、再度、電話をかけ、相手をしてくれなければ警察に訴える旨脅迫し、同女の胎児の父親である交際相手が警察に訴えられるのを避けるためには、その要求をのむほかないと同女を心理的に追いつめたものであるから、当時の具体的状況の下、社会通念からみて、これが被害者の抗拒を著しく困難にする程度の害悪の告知であることは、明白である。

8  さらに、弁護人は、B子の場合と同様、電話による脅迫を認めるのは不都合であるとか、被告人には故意がないとか、脅迫と姦淫の結果に相当因果関係がない等と主張するが、いずれも、B子に対する関係で前述したのと同様の理由で採用できない。

以上を総合すると、E子に対する関係でも、前記罪となるべき事実記載のとおりの事実を認定することができる。

(法令の適用)

被告人の判示第一及び判示第二の各所為は、いずれも刑法一七七条前段に該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年六月に処し、同法二一条を適用して、未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、いずれも自己の性的欲望を満たすために、深夜、無差別に電話をかけ、電話に出た全く面識のない女性に対し、言葉巧みに、輪姦する仕事を請負ったかのごとく誤信させて脅迫し(判示第一)、また、電話に出た女性の交際相手が強姦を犯したかのごとく誤信させた上で脅迫し(判示第二)、被害者を心理的に追いつめて抗拒不能の状態に陥れ、自己の意のままに呼び出し、姦淫に及んだというものである。その動機に、全く酌量の余地はなく、その態様は、確かに暴行は加えていないが、会話を続ける中で、巧みに被害者側の事情を聞き出してこれを利用し、誤信させた上で、執拗に脅迫しており、はなはだ卑劣で悪質であるといわざるをえない。その結果、各被害者は、甚大な精神的、肉体的苦痛を被っている。各被害者が、被告人が電話で述べた話を真実であると誤信してしまった点は、やや、短慮であったのではないかとの疑問も禁じ得ないが、そもそも、被害者らは、被告人からの電話を偶然、受けただけであって、このような被害を受けるいわれはなく、各被害者において、本件犯行を誘発、助長したというような落ち度は全くない。しかるに、被告人は、本件犯行後、逮捕されてから今日に至るまで、弁解に終始しており、反省の姿勢を見せていない。また、いずれの被害者に対しても、慰謝の措置等をとっておらず、被害者らの処罰感情は非常に厳しい。さらに、被告人は、強制わいせつ、公然わいせつ等による懲役前科二犯を有しながら、本件に及んでいる。以上によれば、本件については、主文掲記の刑を科するのが相当というべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 神沢昌克 裁判官 久保井恵子)

裁判長裁判官 三関幸男は転補のため署名押印することができない。

(裁判官 神沢昌克)

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